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福岡高等裁判所 昭和31年(ナ)4号 判決

原告 三角鶴松

訴訟代理人 桜木富義

被告 福岡県選挙管理委員会 代表者委員長 林田和博

指定代理人 浦繁 代理人 林達也 外二名

補助参加人 井上達雄 外一名

主文

昭和三一年二月二二日執行の福岡県京都郡勝山町議全議員選挙の久保選挙区における選挙の効力に関する原告の訴願に対し被告が昭和三一年九月一九日なした裁決はこれを取消す。

右久保選挙区における選挙を無効とする。

訴訟費用中参加により生じた部分は参加人等の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)  昭和三一年二月二二日執行された福岡県京都郡勝山町議会議員の一般選挙に際し、同町久保選挙区においては立候補者が原告を含めて一四名あり、公職選挙法第一七三条第一項による右候補者氏名等の事前掲示は投票所である同町久保小学校講堂の前附近一ケ所になされた。ところが右掲示において原告を除く他の一三名の候補者の氏名にはいずれも規定どおり振仮名が附されていたに拘らず、ひとり原告の氏名にのみ振仮名を附せず、投票当日の午後四時四〇分頃に至り選挙人田中只之から指摘され、ようやくこれを補正した。右久保選挙区の選挙人総数は一、三三八人であつたところ、右田中只之の投票順位は一、二二四番目であつたので、右補正のなされた時刻には当日の投票は既に約九二パーセントを終了していたのである。

右は公職選挙法第一七三条乃至第一七五条の規定並にそれらの規定に基く昭和三〇年福岡県選挙管理委員会規程第四四号(市町村の議会の議員、長及び教育委員会の委員の選挙における候補者の氏名等の掲示に関する規程)に違反する。すなわち公職選挙法は「候補者の氏名掲示については、候補者の氏名等が選挙人に周知されるようにつとめなければならない」と規定し、前記規程は「候補者の氏名を掲示する際には氏名の右側に振仮名を附さなければならない」旨を定めているのである。

(二)  そこで選挙人兼候補者である原告は昭和三一年三月六日勝山町選挙管理委員会に対し右選挙の効力に関する異議の申立をし、同委員会が同年四月五日附で右異議申立を棄却した決定に対し更に同月二五日被告委員会に訴願を提起したが、被告は同年九月一九日附をもつて右訴願を棄却する旨の裁決をし、その裁決書は同月二八日原告に交付された。

被告の右裁決理由の要旨は、前項記載のとおり候補者たる原告の氏名に振仮名を附せず、且つそれは前記選挙管理委員会規程に違反する事実を認めながら、右の違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞れはないというのである。

(三)  しかしながら前示の法や規程が公職の候補者の氏名を掲示し、またこれに振仮名を附するよう規定しているのは、公職の候補者の氏名を選挙人に周知させ、もつて選挙人の意思を誤りなく選挙の結果に反映させるためであつて、右は選挙公営の立場から極めて重要な事項に属するものである。殊に本件の久保選挙区は町とは名ばかりの農山村であつて、漢字を知らない者も相当多数に上り、特に老人の投票率も高い点から考えるに、老人には漢字の読めない者が多く、従つて仮名書投票も多いわけである。また老人の中には選挙に対する関心が薄く、いかなる人々が立候補しているかを十分に知らず、投票所入口の候補者氏名の掲示を見てはじめて何人に投票するかを決定する者も相当数ある筈である。

現に本件選挙における久保選挙区の投票総数、各候補者の得票数並に漢字、仮名書等書体別の票数は別表記載のとおりであつて、その中には多数の仮名書投票があるのである。原告は町村合併前の旧久保村(勝山町久保選挙区と同一地域)議会議員の選挙において過去三回連続当選し、その後何ら町民の不信を買うた事実はない。それが今回の選挙では僅か五三票を得、最下位当選者の得票九八票に遠く及ばない結果に終つたのは、本件振仮名脱落が大きな原因となつたことを物語つている。選挙人の中には原告の氏名にのみ振仮名が附されていなかつたので、原告は立候補を取りやめたのではないかと思つた者もあるとのことである。

(四)  以上の如く本件振仮名脱落は重大な規定違反であり、該違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞れあるものであるから選挙無効の判決を求めるため本訴に及ぶ

と陳述した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

請求原因(一)(二)中、田中只之の投票順位の点を除くその余の事実並に同(三)中投票総数、各候補者の得票数及び書体別票数が別表記載のとおりであることは認める(但し久保選挙区における立候補者は一五名であつたが、内一名が二月二〇日に立候補辞退の届出をしたので選挙当日の立候補者は一四名となつた。また候補者氏名等の掲示に振仮名を附するのは昭和三〇年福岡県選挙管理委員会規程第四四号第二条で準用する同年同委員会規程第四一号第三四条別記第一九号様式備考一に「氏名には平仮名で振仮名を附すること」とある規定によるのである。)。その余の原告主張事実はすべて争う。

本件振仮名脱落は選挙の結果に異動を及ぼすものでない。すなわち

(1)  本件候補者氏名等の事前掲示は投票所である久保小学校講堂の入口附近になされたのであるが、その掲示期間である二月一九日から投票前日の二月二一日までは右小学校関係者以外の者が右講堂を使用したことなく、また一般人が通行する道路から掲示場所までは約四〇米の距離があるので、選挙当日は別として右掲示により選挙人が候補者氏名等を知り得たということは殆んど考えられない。

(2)  右掲示が投票当日においても必ずしも多数の選挙人から見られなかつたことは、右掲示場所を通らなくとも自由に投票所に出入し得る状況であつたこと並に本件振仮名脱落が投票当日の午後になつてはじめて発見されたこと等から容易に推測されるところである。また本件掲示の外に、投票所内の投票を記載する場所の上部の壁に、本件掲示と同一規格並に掲載順位の用紙をもつて候補者氏名等が全部振仮名を附して適法に掲示されていたのであるから、本件掲示の不備は以上のことにより、その殆んどが充足されたものと認めるべきである。

(3)  勝山町久保選挙区は農山村であり、一一の部落に分れているが、世帯数は四七〇余、有権者数は本件選挙当日一、三二八人であつたに過ぎず、従来人口の異動も極めて少いところである。従つて原告は永年同地区に居住し、従前町議会議員であり、且つその業とする鮮魚商(各部落に行商もしていた)の同業者は同地区内に三人のみであること等から、原告の氏名は同選挙区内の殆んどすべての有権者が知悉していたと推断するに難くなく、また町内の出来事は直ちに全町民の知ることとなつていた従来の情況にかんがみ、全町民が特に関心を寄せていた町議会議員の選挙において、原告が立候補届出をしたことは、その日を出でずして全有権者が知り得たものと推測される。

(4)  同選挙区においては一般に候補者は部落代表としての意識が強く、選挙運動の重点を親類縁者を通じ、部落を中心とした地盤確保においたことは、本件選挙における部落別の候補者数及び当選人数等から推測される。

(5)  公職選挙法第八六条第八項による原告の立候補の告示はいささかの違法もなく、その届出の日から選挙当日まで適法に掲示されていた。

(6)  同法第一四三条第一項第五号により使用することのできるポスターは一〇〇枚以内であるが原告に係る右ポスターはその制限枚数の全部に検印を受けている。従つて右ポスターは選挙区内に適切に掲示され、選挙人に候補者たる原告の氏名を周知せしめたものと推測される。

以上のことから、単に投票所入口附近になされた本件掲示中原告の氏名に振仮名が附されていなかつたため、同人の立候補を知らない者があり、選挙の結果に異動を及ぼすとする原告の主張は取るに足りない。現に本件選挙における投票総数は一、二七〇票であつて、その内漢字で記載されたものは九一一票で投票総数の約七二パーセントであり、残余が仮名書、漢字と仮名との混用及びローマ字または点字で記載されたものであるが、振仮名は平仮名を使用する旨規定されているから、右投票中平仮名で記載されたもののみを計算すれば、その数は合計七三票(五パーセント余)に過ぎず、また原告の得票中にも約三、八パーセントの平仮名で記載された投票があることから、原告の主張はこれを首肯することができない

と述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第四号証(第一乃至第三は欠号)を提出し、証人田中只之の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立(第六号証は原本の存在も)を認め、被告訴訟代理人は乙第一乃至第八号証、第九号証の一、二を提出し、甲第四号証の成立を認めた。

理由

昭和三一年二月二二日執行された福岡県京都郡勝山町議会議員の選挙に際し、同町久保選挙区における右選挙当日の立候補者が原告を含めて一四名であつたこと、公職選挙法(以下単に法と称する)第一七三条第一項による右候補者氏名等の事前掲示は投票所である同町久保小学校講堂の前附近一ケ所になされたこと、右掲示において原告を除く他の一三名の候補者氏名にはいずれも振仮名を附してあつたに拘らず、ひとり原告の氏名にのみ振仮名を附せず、投票当日の午後四時四〇分頃に至り、ようやく右事実が発見されてその補正がなされたこと、右選挙区における各候補者の得票数が別表記載のとおりであり、且つ同表記載のとおり投票数は一、二七〇票で、内有効投票一、二五七票、無効投票一三票、漢字のみで記載したもの九一一票、仮名のみで記載したもの二五四票、漢字、仮名混用のもの九一票であつたこと、原告は右振仮名脱落を理由として勝山町選挙管理委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたが棄却され、次いで被告委員会に訴願したが、被告は右規定違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞れはないとして訴願棄却の裁決をしたことはいずれも当事者間に争がない。また右選挙区から選出される議員定員は八名であり、別表記載の最高位得票者元松国増以下第八位の得票者福田伊之助までが当選者であり、原告は第一一位の得票者として落選したことは弁論の全趣旨に徴し明らかである。

さすれば前記候補者氏名等の事前掲示において原告の氏名に振仮名を附さなかつたのは、法第一七五条に基き福岡県選挙管理委員会が同委員会規程(昭和三〇年三月九日第四四号第二条同年一月二五日第四一号第三四条第一項別記第一九号様式備考一)をもつて定めた「候補者の氏名には平仮名で振仮名を附すること」とある規定に違反することが明らかである。

そこで右規定違反が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるかどうかについて考えるに、前記のように法や選挙管理委員会規程が候補者氏名等の事前掲示を命じ、且つ各氏名に振仮名を附すべきことを定めたのは法第八六条第八項による候補者届出の告示並に法第一七五条の二による選挙当日の投票所内の候補者氏名掲示と合わせて一般選挙人に対し各候補者の氏名を周知徹底させ、なお選挙人中には教育程度の低い者も相当数あることを考慮し、かかる者にも各候補者の氏名を容易に識別させ、もつて選挙人の意思を誤りなく選挙の結果に反映せしめようとする目的に出でたものと解せられるところ、証人田中只之の証言及び原告本人尋問の結果並に弁論の全趣旨によれば、勝山町久保選挙区は農山村地帯であつて教育程度の低い者も相当多数あることが認められ、現に本件選挙における仮名書投票の投票総数に対する比率が相当に高いものであつたことは前に示したとおりである。右事実に徴すれば、本件選挙区における選挙人中には仮名書によらなければ文字の識別が不能もしくは困難な者も相当多数あることが窺い得られ、そのことと、前示の如く本件振仮名脱落が発見されて補正されたのは投票当日の午後四時四〇分頃であつたこと並に当事者間に争のない別表記載のとおり、最高位当選者から落選者である原告に至る各候補者の得票差がそれほど著しいものでないこととを合わせ考えれば、前記選挙規定の違反は本件選挙の結果に異動を及ぼす可能性が十分にあるものとなさなければならない。被告主張の前示(1) 乃至(6) の事実は、たとえそのような事実があつたとしても、未だ右可能性をぬぐい去るだけの事由とはなし難い。他に右認定を左右すべき証拠はない。

されば本件選挙の久保選挙区における選挙はこれを無効とすべく、これに反し該選挙の有効なことを理由として原告の訴願を棄却した被告委員会の裁決は取消を免れない。よつて原告の本訴請求を正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九四条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

(別表)有効投票、無効投票〈省略〉

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